キングセイコーセカンド(44KS) 語り継がれる国産機械式時計について

なぜ、キングセイコーセカンドなのか

数あるヴィンテージセイコーの中でも、なぜか心を掴んで離さないモデル…それが、この「キングセイコー セカンドモデル」、通称「44KS」ではないでしょうか。私どもアンティーク時計を扱う者にとっても、店頭に並ぶと、その凛とした佇まい、独特のオーラに思わず目を奪われます。

1960年代、日本の時計産業が世界に追いつき、追い越そうとしていた熱い時代。グランドセイコー(GS)と共にセイコーの高級ラインを担ったキングセイコー(KS)。
その中でも、1964年から1968年という短い期間に製造された44KSは、後のセイコースタイルを確立するデザイン、実用的な機能、そして何より、知れば知るほど奥深いバリエーションを持つ、まさに語りがいのある逸品なのです。

今回は、私たち時計好きの心をくすぐる44KSの魅力、特にそのデザイン、心臓部であるムーブメント、そしてコレクターを熱くさせるディテールについて、少しマニアックな視点も交えながら、じっくりと語らせていただきたいと思います。これから44KSの世界に足を踏み入れる方も、既にその魅力に取り憑かれている方も、ぜひ最後までお付き合いください。

誕生の背景:グランドセイコーとの熱き競演が生んだ名機

44KSを語る上で欠かせないのが、当時のセイコー社内の状況です。長野県の諏訪精工舎が1960年に「グランドセイコー」を世に送り出すと、翌年、東京・亀戸の第二精工舎(現:セイコーインスツル)がそれに応えるように「キングセイコー」を発表しました。この二つの「セイコー」が、互いに切磋琢磨し、技術とデザインを競い合ったからこそ、日本の時計は驚異的なスピードで進化を遂げたのです。

初代KSは、GSに比べてやや価格を抑えつつも、高い精度と品質を誇りました。そして、その成功を受けて登場したのが、このセカンドモデル、44KSです。初代にはなかった秒針規正(ハック)機能や防水性能(一部モデル)を備え、より実用性を高めたのが大きな特徴。デザイン面でも、後の「セイコースタイル」の原型とも言えるシャープで立体的な造形が採用され始め、まさに第二精工舎の意地とプライドが詰まったモデルと言えるでしょう。GSが「最高峰」を目指したのに対し、KSは「実用高級機」としての独自の道を切り拓いた、そんな存在感が44KSにはあります。

魂は細部に宿る:44KSの外装美学 ~ケース、メダリオン、リューズの見方~

ヴィンテージウォッチの魅力は、その「顔」と「装い」にあります。44KSのデザインは、まさに1960年代セイコーデザインの真骨頂。後のGSにも多大な影響を与えた「セイコースタイル(グラム・オブ・デザイン)」の息吹を色濃く感じさせます。

44-9990

  • 惚れ惚れするケース造形: 何と言っても、44-9990や4420-9990に見られる、平面と稜線で構成されたシャープなケースデザイン!このエッジの立ち具合、多面カットされたラグが生み出す陰影…たまりませんね。光を受けてキラリと輝く様は、まさに「光をまとう時計」です。ただし、この時代の時計は研磨されている個体も多いのが現実。オリジナルのエッジがしっかり残っているかは、価値を大きく左右する重要なポイントです。一方、デイト付きの4402-8000は、少しラグがスリムでカーブを描くなど、よりエレガントな印象を受けるかもしれません。この微妙な違いも、集める上での楽しみの一つです。
  • 裏蓋の語る歴史:メダリオンの変遷: ケースバック(裏蓋)のメダリオンは、その時計の出自や年代を示す重要な証。44KSでは、主に2種類(+クロノメーター用)のメダリオンが見られます。

  • 盾メダリオン: 初期の44KS(主に44-9990、44-2000、初期4402-8000)に見られる、金色の盾マーク。「King Seiko」の名を冠した、まさに王者の風格です。しかし、この金色のメダリオンは摩耗や腐食で状態が悪くなっていることが非常に多い。くっきり残っている個体は本当に貴重で、コレクターからの評価も高いのです。

  • SEIKOメダリオン: 1967年頃から登場する後期型(主に後期4402-8000、後期44-9990)に見られる、シンプルな「SEIKO」ロゴのメダリオン。デザインは変われど、高級機の証であることに変わりはありません。さらに最終期には、第二精工舎製を示す稲妻マークが入るものも存在します。
  • 獅子メダリオン: これは特別!キングセイコー・クロノメーター(4420-9990)にのみ採用された、GSと同じ獅子の紋章。第二精工舎製のKSが、GSと同等の精度基準をクリアした証であり、その希少性と相まって別格の存在感を放ちます。
  • 王冠の印:純正リューズを見極める: リューズ(竜頭)も、オリジナリティを判断する上で非常に重要なパーツです。残念ながら交換されている個体も少なくありません。44KSの純正リューズには、主に防水性能を示すマークが見られます。

SEIKOの上にWが刻印された純正リューズ

  • ‘W SEIKO’: 防水モデル(主に44-9990)に見られることが多いタイプ。「SEIKO」の上に「W」が乗った、少し大きめで操作しやすい形状が特徴です。
  • ‘SW’ マーク:こちらも防水モデル(主に4402-8000など)に見られます。「S」と「W」が組み合わされています。
  • ‘S’ マーク: 初期モデルや非防水モデル(44-2000など)に見られるとされるシンプルなマーク。

非純正リューズ

  • 非純正リューズ: マークがないものや、形状が明らかに異なるものは、後年交換された可能性が高いです。オリジナルの雰囲気を重視するなら、ここはこだわりたいポイントですね。

革新と個性の44系ムーブメント ~カマレバーの魅力と儚さ~

時計の「魂」であるムーブメント。44KSに搭載されているのは、手巻きのCal.44系ムーブメントです。ロービート(18,000振動/時)ながら、堅牢で精度も出しやすい、第二精工舎の名機と言えるでしょう。そして、このムーブメントには、マニア心をくすぐる特別な機構が存在します。

  • 伝説の「カマレバー」: これぞ初期44KS最大のハイライト!最初期(1964年~1965年頃)のモデルにのみ搭載された、独特な形状の秒針規正(ハック)機構、通称「カマレバー」。リューズを引くと、ムーブメントに見える鎌(カマ)のような形をしたレバーがテンプ(時計の心臓部である調速機の一部)近くの歯車を押さえつけ、ピタッと秒針を止めるんです。この、ちょっと武骨で、いかにも「後から付けました」感のあるメカメカしさ…痺れますね![写真:カマレバー部分のアップ]
  • カマレバーの儚さ: しかし、この独創的なカマレバー、構造的にデリケートで、破損しやすいという弱点がありました。実際、壊れてしまってハック機能が効かない個体も少なくありません。「これはまずい」ということで、セイコーはすぐに改良を加え、カマレバーを持たない、より一般的なハック機構を備えた「Cal.44A」へと進化させました。だからこそ、現存し、正常に機能する「カマ付き」は非常に希少価値が高いのです。まさに、セイコーの試行錯誤の歴史を物語る、儚くも美しい機構と言えるでしょう。
  • Cal.4402AとCal.4420A/B: デイト表示機能を追加したのが「Cal.4402A」(主に4402-8000に搭載)。そして、キングセイコー・クロノメーター(4420-9990)には、特別な調整が施され、GSレベルの精度を叩き出した「Cal.4420A/B」が搭載されています。この4420系ムーブメントは、実はあの歴史的名機「44GS」に搭載されたムーブメントと基本的に同じもの。第二精工舎の技術力の高さを雄弁に物語っていますね。

44KSファミリーの個性と選び方

一口に44KSと言っても、いくつかのリファレンス(型番)が存在し、それぞれに個性があります。代表的なモデルを簡単にご紹介しましょう。※入荷次第写真は随時更新予定です。

  • Ref. 44-9990 (旧 44999): ノンデイト、ステンレススチール(SS)ケース。最も44KSらしい、シャープなケースデザインが魅力。初期のカマ付き、盾メダリオンから、後期のCal.44A、SEIKOメダリオンまで存在し、コレクションする上でも奥が深いモデルです。
  • Ref. 44-2000: 総金張り(AGF)ケース、ノンデイト。盾メダリオン。非防水仕様で、少しドレッシーな印象。流通量は比較的少ないかもしれません。
  • Ref. 4402-8000: デイト付き。SSケースと金メッキ(SGP)ケースが存在。44-9990に比べると、やや丸みを帯びたケースデザインが特徴。日常使いでの実用性を考えると、デイト付きは便利ですね。こちらも盾メダリオンの初期型からSEIKOメダリオンの後期型まであります。
  • Ref. 4420-9990 (クロノメーター): ノンデイト。SSケースと豪華なゴールドキャップ(GC)ケースが存在。GSと同じ獅子メダリオンを持ち、ムーブメントも特別調整されたCal.4420A/Bを搭載。製造期間も短く、まさにキングセイコーの頂点に立つモデル。市場で見かける機会も少なく、コレクター垂涎の的です。

どのモデルを選ぶかは、まさに好みと出会い次第。シャープさを取るか、実用性を取るか、希少性を追い求めるか…それぞれの魅力に触れて、自分だけの一本を探すのもヴィンテージウォッチの醍醐味です。

愛好家として、店員として:44KSとどう向き合うか? ~価値の見極めと注意点~

さて、実際に44KSを手に入れる、あるいは所有する上で、私たちプロが気にする点、そして皆さんに知っておいていただきたい点をお話しします。

  • オリジナリティこそ命: ヴィンテージウォッチの価値は、いかに「当時のまま」であるかにかかっています。
    • ケースの状態: 過度な研磨でエッジが丸まっていないか(痩せていないか)?深い傷はないか?
    • 文字盤: リダン(再塗装)されていないか?シミや焼けはどうか?(多少の経年変化は味ですが、過度な劣化は評価を下げます)。インデックスや針の状態も重要です。
    • パーツの整合性: リューズはオリジナルか?メダリオンの状態は?ムーブメントのパーツは正しく揃っているか?特にカマレバー搭載モデルは、カマレバーが現存し、機能するかが大きなポイントです。
  • 市場での評価: 44KSは、状態の良い個体、特に初期のカマ付きや盾メダリオン、そしてクロノメーターは、国内外で非常に人気が高く、価格も上昇傾向にあります。一方で、状態の悪いものやパーツが交換されているものは、比較的安価で見つかることも。価格だけで判断せず、上記のオリジナリティや状態をしっかり見極めることが大切です。私たちも、仕入れの際は細心の注意を払っています。
  • メンテナンス: 60年前の時計ですから、定期的なオーバーホールは必須です。信頼できる時計修理店を見つけて、良い状態を維持してあげてください。特にカマレバーのような特殊な機構は、扱いに慣れた職人さんにお願いするのが安心でしょう。

正直なところ、非の打ち所がない完璧な状態の44KSを見つけるのは、年々難しくなっています。しかし、だからこそ、細部までこだわり抜かれたオリジナリティの高い個体に出会えた時の喜びは格別なのです。多少の傷や経年変化も、その時計が生きてきた証として愛でる…そんな付き合い方ができるのも、ヴィンテージウォッチならではの魅力ですね。

時代を超えるキングの風格

キングセイコー 44KS。それは、日本の時計産業が情熱を燃やした時代の証人であり、セイコースタイルの礎を築いた名作です。シャープで美しいデザイン、信頼性の高いムーブメント、そしてカマレバーやメダリオンといった語り尽くせないほどのディテール…。半世紀以上の時を経てもなお、私たちを惹きつけてやまない魅力が、この時計には凝縮されています。

一本一本に歴史があり、物語があります。もし、どこかでこの44KSに出会う機会があれば、ぜひ手に取って、その時代の空気、作り手の情熱を感じてみてください。きっと、あなたにとっても忘れられない一本になるはずです。

私たちアンティーク時計店としても、このような素晴らしい時計を次の世代へと繋いでいくお手伝いができることを、誇りに思っています。

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